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自分が戻ってきた

 今月の頭辺りから、すごい勢いで音楽を聴いている。

 僕自身はこれ言う人を信用できないのだけど、自分自身は音楽無しでは生きられない系の人種であるとは思っていて、これまでも勿論人より多く音楽を聴いてきたとは思っていた。でも、今月の頭からはそれ以上に聞いている。

 量についてはもっと聞いてた時期はあったけど、濃密さだけで言えば、HMVのポイントカード(今もある?)を1週間で一杯にした大学時代よりも濃いんじゃないかと思う。この辺りの理由は、DJに興味を持ったってのが大きいと思うんだけど、それはまた別の話。
 

 ただ、困った事に感受性が乏しくなってきていたらしい。

 最近の曲をどれだけ聴いても、中村一義の「魂の本」を聞きながらチャリンコで家に帰る途中「電線の束 今日の赤」という歌詞が聞こえてきて、頭が真っ白になって桜川の土手から自転車に乗ったまま河原に転がり落ちた様な衝撃を受けないのだ。
 


 たまに通る自動車の音以外には押し歩く自転車のベアリングの音しかしない家路。月明かりの下で止まって携帯を見ると、ほんの数分前、見慣れた名前からの着信。ふっと白い息を吐き出して、自転車にまたがり元来た道を明るい方へと漕ぎ出す。
 


 こんな情熱は今の僕にはもうないと思ってたから、ある程度仕方ないのか、と思っていた。

 ただ、単に負けは認めたくないので、ロジックで考えた。これは経験の賜物だね。
 何でこれ売れてるの? とか、最近はどういう聞き方をするのか?とか。分析して考え、曲をかけ、戻り、また考える。たまに脱線してまた戻る。
 この半月はそんな事を繰り返し、繰り返し、繰り返した。


 そして、ほんの少しだけど、あの頃の気持ちが戻ってきた。戻ってきたというか、新しい扉が開いちゃったのかもしれない。たった一歩、それだけ踏み出せば簡単に世界は変わるみたい。


 それが何で今なのか、ウチの奥さんは思ってるかもしれないけど、僕は今だからこそ踏み出せたんだと思っている。何でもあれに関連付けたくはないけど、間違いなく3/11の力がかかっている。
 ただ、ちょっと迷惑かけるかもね。それについては今度謝っておかなきゃ。結局「自分」ってことがわかっちゃったもんで。


 さ、いろいろ楽しみになってきたよ。