うちのじいちゃんの話

 思い出したから、書いてしまおうと思う。

 うちのじいちゃんの話。ずーっと書こうと思っていて、書けなかった話。

 

 

 僕の過ごしてきた環境はごくごく平凡ですごく豪華なわけでもないけど本当に平和な、いわゆる中流の家だった。

 うちの父親の職業だけちょっと特殊だったけど、結局はサラリーマンだ。

 たまに役得みたいなのはあったけど、程度こそあれ家庭なんてどこもそんなものだろう。

 とにかく、平凡な環境だった。

 

 

 僕が3歳までは両親が共働きだったので、その間ばあちゃんちに預けられていた。

 もちろんじいちゃんもいたけど、国鉄を定年退職後も親戚の手伝いをしたりしていて、日中家にいることは少なかった。

 とにかく働くことが好きなじいちゃんだった。

 普段は家に僕とばあちゃんの二人だけだったけど、ばあちゃんのこともじいちゃんのこともすごく好きだった。

 

 

 

 夕方になると、仕事を終えたじいちゃんが帰ってくる。

 そのしばらくすると母親が帰ってきてみんなでご飯を食べる。

 すこしテレビを見て、じいちゃんにお風呂に入れてもらい、自分のアパートへ帰る。

 そんな感じの毎日。絵にかいたような子供時代だった。

 

 

 

 3歳の時に母親が勤めを辞めたので、その後僕は実家暮らしになった。

 けど、その後も週に一度はじいちゃんとばあちゃんはうちに遊びに来た。

 僕たち兄弟がじいちゃんとばあちゃんを好きだったように、じいちゃんとばあちゃんも僕たちのことを好きだったんだと思う。

 僕が高校に進学してもずーっと遊びに来てくれた。

 とにかく僕はじいちゃん、ばあちゃんっ子なので、毎週じいちゃんとばあちゃんが来るのが楽しみだった。

 

 

 

 

 そんなある日、じいちゃんが入院した。

 ちょっとした手術をすることになった。

 

 

 何も考えていなかった。

 じいちゃんはいつも笑ってたし、優しかった。

 いつまでもいつまでも…というのは無理だと思っていたけど、そんなのまだ先のことだ思っていた。

 

 

 

 

 学校から帰ってきた僕に、母が話しかけてきた。

 

 

 

「あんたはもう大きいからね。ホントのこと、知りたいよね」

  

 

 

 

 じいちゃんは、末期の大腸がんだった。

 転移もみつかった。

 

 

 

 

 余命半年。

 

 

 

 

 じいちゃんは知らないらしい。

 

 

 

 僕が望んだわけでもなく突きつけられた事実。

 母は多分、自分の中だけに留めておくことができなかったんだと思う。

 そりゃそうだ。

 僕にしてみれば優しいじいちゃんだったけど、それ以上に苦楽を共にしてきた父親だ。

 

 

 僕が望んだわけでもなく突きつけられた命題。

 あと半年、何ができるんだろう。

 

 

 

 

 

 あくる日、じいちゃんが退院してきた。

 末期がん患者の退院。そういうことだ。

 告知をしない、治療をしない。

 残りの日々を出来るだけ幸せに。

 

 

 

 一日、また一日。1/183ずつ、医者が言うところの命の時間は確実に少なくなっていく。

 

 僕の余命は何年だ?母親は?父親は?うちの弟は?

 

 でも、そんな僕の思いを打ち消すかのように、退院してからのじいちゃんは日に日に元気になっていった。確かに入院した時はすごくつらそうだったし、退院直後も体力が衰えているように見えた。

 だけど「じいちゃん、こんなに白かったっけ…」と思うくらいにひどかった顔色も元に戻ってきていた。何よりも退院した後、以前と同じ場所に働きに行った。

 

 

 じいちゃんに残された時間が少ないとはとても思えなかった。

 

 そしてある日、半年がとっくに過ぎていたことに気が付いた。

 

 よくある奇跡の話。

 

 もしかしてうちのじいちゃんは、そうなのかな。

 良いこといっぱいしてきたもんな、じいちゃん。

 

 そう思ってしまうほどじいちゃんは元気だった。

 

 

 

 

 

 でも、やっぱりそんな簡単なものではない。

 

 

 

 

 

 その冬、じいちゃんがもう一度入院した。

 

 

 

 入院の翌日は、たまたま学校が早く終わったので自転車でじいちゃんの病院に行こうかな、と思った。

 学校から病院までは自転車で一時間。

 でもその日はとても寒かったし、急に行って変に気取られてしまっても…と思い直し、寄り道しながらゆっくり家に帰った。

 

 

 

 家に帰ったのは夕方過ぎ。

 日も暮れてきたのに家の中が真っ暗だ。

 普段なら母親がいるのだけど、母親はたぶんじいちゃんの病院だろう。

 父親が入院したら病院に行くのは別に不自然ではない。

 

 

 

 弟二人が外から帰ってきた。

 それでも母親が帰ってこない。

 連絡もない。

 三人で家にいると、家の電話が鳴った。

 

 

 

「今からじいちゃんの病院に行く。迎えに行くから皆、家で待っていなさい」

 

 

 父親だった。

 

 

 病院に行く途中で父親が

 

「これはそういうことだから。覚悟しておきなさい」

 

 と、言った。

 

 

 

 

 そして病院に着いた時、じいちゃんは、もういなかった。

 

 

 

 

 あの時、なんでぼくはじいちゃんのところに行こうと思ったのだろう。

 なんでやめてしまったんだろう。

 キリストの教え、ブッダの教え。そういうものは素晴らしいと思うけど、神だなんて思ったこともない。

 霊の類も見たこと無いし、超常現象なんて信じない。

 

 でも、あれはもしかしたらじいちゃんが会いたがってたんじゃないか、と。

 

 そう、思えなくもない。

 

 

 

 

 いずれにしても、終わってしまったことだ。

 

 

 出来ることはできるうちにしなくちゃならない。

 取り返しがつかないことだってある。

 やり残しとか後悔とか、これ以上したくないんだ、僕は。

 

 

 

  別にこれが特別なわけじゃない。余命が宣告されて、そのまま帰ってこられない人なんて、世の中を探せば沢山いる。

 

 

 それでも

 

 今まで出会えた全ての人々に、もう一度出会えたらどんなに素敵なことだろう

 

 と、思わずにはいられない。