Cについて

今日は実家に帰った。車で30分ぐらいの所だし、食パンは実家の近くのパン屋と決めているので、月に二度くらいはお伺いする。ただ、今日実家に帰ったのはパンを買いに行ったわけではない。車を洗う場所を貸してもらおうと思ったからだ。


今僕が住んでいるところは海が近いので、塩気が多くて車がさびてしまう。そんなわけで比較的まめに洗車してあげないといけないのだけど、アパートの外には水道がない。普段洗車をするときはガソリンスタンドの洗車機につっこんでしまうのだけど、たまにはワックスを掛けてあげないといけない。ということで、今日は実家の水道を借りて洗車することにしたのだ。


さて、その実家の近くに、C君という人が住んでいる。C君というものの、三十半ばぐらい、僕より年上だと思う。今回はその人の話。
C君は、正直あまりいい人じゃないと思う。
実は暴力団員だとか、ポリースのやっかいになったとか言う話も聞いたことがあるし、うちの車に車をぶつけてそのままどこか行っちゃったというような事件もあった。
車を洗っていると、件のC君がなぜか声をかけてくる。


C「あのさー、車の鍵がないんだけど…一緒に探してくれない?」
僕「………え、あ、はい?な、何ですか?」
C「いや、あの、車の鍵がないんだよ。うちの中にあると思うんだけど、一緒に探して欲しいんだよね」


何を言っているのだろうかこの人は。
10年近く口も聞いたことがない、顔も見たことがない近所の人を捕まえて、「車の鍵が見つからないから一緒に探せ」と。仮に二人で探したとしても見つかる確率なんて上がるわけがない。おかしい。

しかし、怪しいと思いながらも「面白すぎる」と考えている自分がいる。だいたい鍵の持ち主本人が分からないものを赤の他人が探して見つかるとは思えないし、それを手伝えと言うのがおかしい。どういうシチュエーションなのか、考えれば考えるほどおかしい。


いつの間にか、

怪しいからやめておこう<ネタとして乗らない手はない

と考えてしまっている自分が憎い。
ただ、ドラマやニュースのように、そういう手口で家の中に誘い込んでSATSUGAIされてしまうということも考えなければ。とりあえず、親には「よそ様の家の中に鍵を探しに行く」とを伝えておくことにする。



C君の家にやってくると

C「多分さ、このあたりにおいたと思うんだよね。でもないんだよなー、参ったなー」

といいながらソファーを持ち上げるC君。転がり込む隙間もないようなソファーなので、仮に落としたとしてもそこには入り込まないだろう…と思いながらも、鍵を見つけないと解放してくれない雰囲気。ネタのためとはいえ少し後悔しながらも探偵よろしくいろいろ聞き込むことに。


僕「鍵最後に見たのはどこですか?」
C「いや、このあたりなんだよ、こののあたり。ないんだよなー」

と、言いながらまたソファーを持ち上げる。
そこはさっき探しましたよ!と突っ込みたいのをぐっとこらえる。何しろ相手はヤクザなC君である。下手にご機嫌を損ねてはいけない。
普段はどこに置くんだとか、財布の中にしまったり、洋服のポケットに入っていないかというような『あくまで義務的にする質問』のたぐいを一通りぶつけてみる。すると


C「悪いんだけどさ、二階も探してもらえるかな」
僕「に、二階ですか?」
という私の質問と全く関係ないお言葉が。

え、いや・・・良いんじゃないですか?きっとここにあると思うんですけど…などという反論をする暇も与えず二階に上っていくC君。やむを得ずついて行く僕。

C「ここ、俺の部屋だから、ちょっと探しておいて。俺もう一回下探してみるから」
僕「え、いや、あの…」

…行ってしまった。10年近く口も聞いたことのない隣人を自宅にあげ、捜し物を手伝わせたあげく別行動。たぶんもうそういった常識は捨てなければならないのだ。ここは日本でもアメリカでもない。C共和国という新しい国なのだ。しかも机の上には僕に読んで欲しいかのように謎の手紙がおいてある。もちろんプライバシーというものがあるので全く読むつもりはない。しかし、「舎弟」「警察」「利益」という謎の言葉が書いてあったのは見てしまった…

C「おーい!やっぱり二階はなさそう?」
僕「なさそうですね」
C「あー、昨日酒酔って車で帰ってきたから、鍵どこ置いたかわかんねんだよなー」


当然これは彼なりのジョークであろう。ジョークでないとすれば…ということを考えると恐ろしいのでスルーする。このとき当然、またソファーを持ち上げているが、どちらを突っ込むべきか迷っているうちに、その期を逸してしまった。


僕「車の中は?」
C「いやぁ、閉じこめはしてないんだよね」


いやいやいやいや。酔って帰って…違う、ちょっと気分よく帰ってきて鍵を入るはずもないソファーの下に滑り込ませたと思っているような人間ですよ。車に鍵を閉じこめていない、車のシートの下に鍵を落としたという可能性の方が明らかに高い。


僕「まあ、とりあえず見てみますよ」


家から出た瞬間、開放感に包まれたせいなのか、このまま見つからなかったら…と、洒落にならないことを考えてしまった。考えると気が滅入る。僕が自宅で鍵を置きそうなところはだいたい探してみたし、正直な所もうお手上げなのだ。何ならこのままバックれてしまいたい。


しかしそのとき。


なんと、鍵があった。車の脇に鍵が転がっている。たぶん一晩車の脇に放置されていたのだろう。ほんの一時間前の僕ならば「これは面白いネタだ!」と考えたはずだが、今となってはそんなことを考えた自分を恨むばかり。いま考えることはただ一つ。奴隷からやっと解放される!ということである。



僕「あ、ありましたっ!鍵がありましたよ!」
C「え、あ。ああ、本当にあったんだ」


…いや、もう疲れました。突っ込みません。

僕「じゃ、じゃあ、そういうことで」



今日はここまで。
しかし、なんと、後編に続く。